メモ帳の切れ端

舞台で輝く推しを見てる

ともしびに命の風を吹かせたのはあの推しだよ

楽しいはずのことが楽しくなくなる時は稀によくある。
現在進行形で長らくオタクやってるけど最近は楽しいと思うことが少しずつ減ってきてて、作品を好きな気持ちと大好きな作品を書いてくれる人と同じ熱量で同じ気持ちを共有できる人たちのお陰でどうにかやってこれている。

作品に対してではなくて、周りとの距離感や好きなものに対しての価値観が主だった原因だった。嫌だなあ楽しくないなあ作品はまだまだ大好きなのになあって気持ちだけがどんどん下降していった。
これ以上作品に触れていたら嫌いになってしまいそうと思って離れたものがたくさんある。作品に対する気持ちではなく外野の声が理由で好きが嫌いになるほど嫌なことはなかった。
いっそオタクごとから全部手を引いたほうがいいんじゃないか。これ以上暗い気持ちになるのも嫌だ。でも私からオタクを取ったら何が残るんだろう。そんなネガい気分を食い止めたのが

推しだった。

推しを知ったのはオタクごとの諸々に疲れてる真っ最中だった。
まだ推しに落ちてない頃、RTで回ってくる推しの自撮りや仕事に対しての熱意を見るたびに「すごいな」とか「かわいいな」とか思いながら見ていたら「何で私こんなにこの人のこと見てるんだ」って思い始めたのが最初のきっかけだった。
以降は推しの舞台を生で見に行くまでは絶っっっ対落ちてない!!!!!生で見るまではわからない!!!!!!ってずっと言い張っていた。そのくせ推しの情報は逐一チェックしてた。わりと長い間落ちてないって言ってた気がする。
推しの演技を生で見てから「落ちました!!!!!!」って言えた時は、やっと推しを好きになるスタートラインに立てたと思った。それからは舞台もイベントも積極的に行くようにしてる。めっちゃ楽しい。仕事してる推しを見るのすごく楽しい。

そうするとオタクごとの嫌だったことが、急に気にならなくなった。
全く気にならないわけじゃない。でも自分の中で抱えて勝手に病むことはなくなった。そうだねそういう価値観もあるよね私は違うけどな!!!って思えるようになって心が軽くなった。
へこんでても推しが出てるDVDを見てると「推しも今頑張ってるのにへこんでる場合じゃない」って気分になる。また頑張ろうと思える。推しという風が尽きかけた炎を燃え上がらせてくれた。

推しに出会わなくてもオタクは続けていたと思う。でも明らかにモチベーションが違う。好きなものがもう一つできたことで一つに縋る必要がなくなったからだと思う。
そういう意味では「もう一つの好きなもの」が推しである必要はなかった。別の趣味とか、オタクごとから離れるならなんでもよかったのかもしれない。でも、推しを好きになったから前向きな気分になってると勝手に思ってる。

ありがとう推し。推しの次の舞台めっちゃ楽しみにしてます。推しが頑張ってるから私もいろんなもの頑張りたい。
何に対しても、楽しい気持ちが続いていけますように。